人の「忘れる力」がどれほど優れた力なのかを、執筆中に思い知ったできごとです。
著書の第1章で、わたくしまりながどれほどクチョで愚かで人の心が無かったのかを書いているのですが、実は第1章こそイチバン時間がかかった部分でもあるんです。
幼少期〜中学高校、大学時代〜吉原に勤めはじめてからの横暴について当時をいろいろ思い出していると「(あぁ…こんなこと言ってたなぁ……。あぁ、こんなことも言ったっけ……。そういえばこんなことも……。)」
と、自分のしていた悪行が芋づる式にドンドン思い出されていきました。
思い出したことを紙のノートに書き出していく手も、どんどん重くなるんです。
(わたしはこんなことをしていたのか……)
(戦い方とかやり方を知らなかったとはいえ酷すぎる……)
(もはや人の皮を被ったバケモノだ……)
自分のことを思い出すたびに、忘れていた悪行と恥ずかしさと愚かしさと情けなさとでドンドン心が鬱屈になっていくのがわかりました。
書き進めないといけないのに、どうしても筆がすすまないのです。
当時の愚かさを、どれほど自分が酷い人間だったのかを、書き出さないといけないのに。
思い出せるけど、書けなかったのです。
何度も心が折れました。
いまのわたしは、もう当時のそんなわたしではないというのに。
どうにも踏ん切りがつかなくて、去年の10月頃〜今年の2月くらいまでこの心情はついて回りました。
「自分はそんな人間だった」というマイナス感情から、自分は人と接するべき存在ではないと、出勤もままなりませんでした。
(…それは未だにつづいていますか…)
人の「忘れる力」の影響力は、とても強いものですし、偉大な能力だと思います。
・自分はこんな人間だから…
・自分にそんな資格はない…
そういった「過去のもとに」「現在が成り立っている」ので、
・以前、自分は感謝できない人間だったから、「今」は感謝できる人間なんだ。
・「そんなことないよ」とたくさん応援してもらってきたから、自分も、自分と人を応援できる人であろう。
過去を現在へと昇華し、認識する。
そのためには「忘れる力」に頼っていいと思いますし、それでいいんだ、と思えたのです。
もう、感謝できる人でしょう?
もう、素直に謝れる人でしょう?
人の「忘れる力」は、
「今」を見て、
「未来」を見据えるための特別な能力なのだと、
そう感じた次第です。
もし、誰かにほじくり返されたら、
「恥ずかしいけど、そんなときもあったかもしれない〜☺️💦」
と、笑い話としていくのもいいかもしれませんね。
人は、忘れないとやっていけないものがある。
(科学的に脳内メモリにも限界があるといわれているようですし)
思い出しても、大丈夫。
あのときは、ごめんなさい、そのおかげで、今があるから、ありがとう、機会があれば、お酒でも交わしたいね。
で、いいと思うのです。
…かなりしんみりした内容になってしまいましたね。申し訳ありません。
しかし、この心情のおかげ?で、
編集長から「電子書籍は早ければ3ヶ月で出版できます」と言っていただけたのに、結果的に半年以上かかってしまったのです。苦笑
自戒としては、「自分の思うように生きましょうぜ!でも時折反省もしましょうな!」
というところです。
いいんだよ、苦しかったことは忘れて。
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