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8月31日
昨日の日記のタイトル、私だけ未来に行っていましたね( •̀ㅁ•́ ; )
普段から日付は気をつけているつもりだったのですが、
「8月も終わるなぁ。」
なんて思いながら投稿したら、1日勘違いしていましたꉂꉂ(˃▿˂๑)
そして、日付の間違いに気づこうと、誤入力に気づこうと、投稿した後に修正できないのがこの日記のいいところ📓
LINEも一定時間内なら送信を取り消せますし、パソコンやスマホなら、頑張って書いた長文だってボタンひとつで削除できます。
だからこそ、間違えても訂正できない環境って、ちょっとした緊張感があります。
……って、日付を間違えた私が「緊張感」と言っても、まったく説得力がありませんねꉂꉂ(˃▿˂๑)
さて今日は、一昨日、昨日と書かせていただいたお話の中で、ひとつ伝え忘れていたことがあります。
それが、
「アウトプット」
についてです✏️
アウトプットとは、得た知識や自分の中にある考えを、話したり書いたりしながら、自分の言葉で外に出すこと。
気づいていなかったものの、私は以前からアウトプットをしていました。
そのひとつが、この日記です📓
この日記を最初の頃から見てくださっている社長さまは、もしかしたら文章の変化に気づいてくださっているかもしれません。
始めたばかりの頃は、
「〇〇を食べました。」
「今日は特に何もない1日でした。」
そこに少しだけ文章を付け加えたような、本当につぶやきに近い日記でした。
でも、何かの出来事について感想だけを書こうとすると、そもそもそんなに長い文章にはなりません。
例えば、
「〇〇を食べました。美味しかったです。」
これだけでも、日記としては成立します。
でも、そこから、
「そういえば、前に食べたのはいつだったかな?」
「そもそも、今日はどうしてこれを食べようと思ったんだろう?」
「前に食べたときと何か違ったかな?」
と、一歩踏み込んで考えてみる。
すると、たったひとつの出来事からでも、いろいろな考えが出てきます。
「今日は何もない1日でした。」
という日記も、始めた本当に最初の頃には書いていました。
「たまには、こんな日があってもいいですね。」
なんて、つぶやくように終わらせていたこともあります。
でも今考えてみると、1日の中でいろいろなものを見て、聞いて、感じている以上、本当に「何もない日」って、ほとんどないんですよね。
大きな出来事がなかっただけ。
何気ない出来事に対して、
「なぜ?」
「自分はどう思った?」
と考えていなかったから、何もないように感じていただけなのかもしれません。
日記を書くために、
「私はどう思ったんだろう?」
「どうしてそう思ったんだろう?」
「なぜこうなったんだろう?」
と考える。
そして、それを自分の言葉にする。
私は今まで、
「アウトプットをしよう。」
と思って日記を書いていたわけではありません。
でも振り返ってみると、この日記を続けることによって、自然とアウトプットをする習慣ができていたんだと思います。
そして、いつの間にか、
「何もない1日でした。」
という日記を書くことも、なくなっていました。
ただ、これまでの私はアウトプットを意識していたわけではありません。
だから、
「なぜ?」
と一歩踏み込んだところで終わっていたこともたくさんあります。
もう一歩。
さらにもう一歩。
そこまで考えてみたら、同じ出来事から見えてくるものはもっと増えると思います。
では、そこまでしてアウトプットすることに、どんな意味があるのか。
そして、特別な出来事がない普通の日常で、何をアウトプットすればいいのか。
そこにも、とても興味深いお話がありました。
長くなってしまったので、続きはまた明日書かせてください✏️
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