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1月31日
今日は、先日お誕生日を迎えた知り合いの誕生日パーティーを、やっと開くことができました🎂✨
お店を予約して、デザートのプレートには「Happy Birthday」のメッセージを書いていただきました(灬╹ω╹灬)
とても喜んでくれていて、その姿を見ることができた私にとっても、心に残る思い出になりました。
以前行ったことがあるお店だと思っていたのですが、実際に足を運んでみると「あれ…ここ、来たことないかも?」と気づき、どうやら別のお店と勘違いしていたようです(・∀・; )
お料理を運ぶタイミングも細やかに気を配ってくださり、最初から最後まで本当に心地よい時間を過ごすことができました。
たまには、こうして現実から少し離れてみる時間も大切ですね✧(✪д✪)✧
特においしかったのはパスタです🍝
どうしてあんなにも、もっちりとした食感になるのかな…と、とても不思議でした。
見た目は少なめに感じたのですが、食べ終わる頃にはしっかり大満足。量もちょうど良かったです⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
お家では乾麺を茹でて、出来合いのソースをかけるだけなので、料理人の方が作るものとはまったく別物ですね。
こんな素敵なお料理を作れる人って、本当にすごいなぁと改めて感じました。
チキンも皮が香ばしく焼かれていて、とても美味しかったです。
最後のデザートは、ソースやフルーツで華やかに盛り付けられていて、紅茶との相性もばっちりでした☕️
もうひとつ食べたいな…( '﹃'⑉)と思ってしまうほどの美味しさでした。
帰り際に、お店の方が「来月のコースのご案内です」と渡してくださったのですが、そこに“バレンタインコース”という文字が…(☆д☆)🍫
チョコレートが大好きなので、これはかなり気になっています。本当は、夫婦や恋人に向けられた素敵な時間なのでしょうが、チョコレート好きの私は、そんなことは関係ありません(๑•̀д•́๑)自分が楽しむ気満々です( •̀∀•́ )🍫これはぜひ行ってみたいなぁと思いました。
昨日お越しくださった社長さま、ありがとうございました。
素敵な差し入れまでご用意してくださり、お正月の続きを感じられるような、ほっこりとした気持ちになりました。
以前お会いした日のことも、しっかり覚えていてくださっていて、言葉にしていただくと、少し恥ずかしくなってしまいました(,,•﹏•,,)
たくさん差し入れをいただいたので、ひとつずつ味わいながら、昨日の思い出として大切にいただこうと思います。
試行錯誤しながら持ってきてくださったことが伝わってきて、そのお気持ちも含めて、心から感謝しています。
またお会いできる日を、今から楽しみにしています。
本当にありがとうございました。
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1月30日
今日、お仕事の中で少しモヤモヤする出来事がありました( ๑꒪⌓꒪๑)
……というか、私、けっこう頻繁にモヤモヤしていますね(|||O O; )
これは、仕事に真剣だからなのか。
それとも、ただ自己主張が強いだけなのか。
自分でもよく分からなくなることがあります。
いつものように、考えたことをここに残しておこうと思います。
私の職場には、時短勤務という働き方があります。
今は多くの会社で取り入れられている制度ですし、事情に合わせて働き方を選べるという点では、とても大切で、素敵な制度だと思っています。
一方で、私はシフトを組む立場でもあるので、「どこまでの業務を、どこまで任せるのか」という点については、いつも慎重に考えています。
時短勤務の場合、決められた時間で仕事を終える必要があります。
残業ができない以上、その人が帰るまでに終わらない可能性のある仕事は、基本的には任せません。
理由はとても単純で、中途半端な状態で引き継ぎをすることが、一番ミスにつながりやすいからです。
私は、一つの仕事は、できるだけ一人が責任を持って完結させる方が良いと考えています。
だからこそ、最初から最後まで担えない業務については、任せないという判断をしています。
それを「冷たい」と感じる人もいるのかもしれません。
でも、責任を持って仕事をする、という視点で考えると、これは私なりの誠実さでもあります。
今日、その判断について、別の社員から「時短の社員も、この〇〇という仕事を知っていて損はないのではないか」という意見が出ました。
確かに、知識として知っておくこと自体は、無駄ではありません。
ただ、その仕事は、今後もその人が担当する可能性がほぼなく、さらに春には異動が決まっており、来年度も時短勤務が続く予定です。時短社員が、帰った後の時間までかかる可能性のある仕事です。
異動先でも、その業務を任される可能性は極めて低く、正直なところ、今ここで時間をかけて教えたとしても、実際に活かされる場面はほとんど想像できません。
「知っていて損はない」
でも、知るということは、覚えるということでもあります。
その仕事は、定期的に見直しが入り、少しずつ形が変わっていきます。
一年後にまったく同じ内容である可能性は低いです。
実際、過去を振り返ってみても、一年前と比べて変わった点はいくつもあります。
さらに、異動先は忙しい職場になる予定で、その業務を担当しない人に対して、変更点を丁寧にフォローし続ける余裕もないと思います。
それよりも、限られた時間の中で、確実にやってほしい仕事は、他にもたくさんあります。
そうした理由をきちんと説明し、意見としては上に上げる必要があると考えたので、ボスにも共有しました。
ボスも私と同じ考えであることを確認できたので、ここで話は落ち着くものだと思っていました。
ところが、その社員は「自分がボスに説明する」と言い出しました╭( ๐_๐)╮
ボスも教える必要はないと判断している以上、さすがにそこまでする必要はないのではないかと思い、「その仕事を教える目的は何ですか?」と、率直に尋ねました。
返ってきた答えは、「うちで教えていなかったと思われたくないから」というものでした。
その言葉を聞いて、すぐには言葉が出てきませんでした(०▵०)
仮に“教えた”という形が残ったとしても、その仕事を評価される場はありません。
次に実際にやる機会もありません。
もし再来年、時短を解除して担当することになったとしても、そのとき、今教えた内容を覚えていられるでしょうか。
実際、その社員自身も、一度担当していた仕事を、一年半のブランクで「忘れた」と言っていました。
そう考えると、「今、教える意味」はどこにあるのか。
私には、どうしても見出せませんでした。
仕事は、ボランティアではありません。
全員に同じことを教えることが、必ずしも良い結果につながるとは限らない。
私は、現場が円滑に回るように、その人の能力、勤務時間、急な出欠、役割を考えながら、シフトを組んでいます。
だから今回の考え方は、優しさというよりも、現場を混乱させてしまうものではないかと感じました。
そんなモヤモヤを抱えたまま、今日は一日を終えました。
週末、ボスに相談の続きをしようと思います。
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1月29日
その方は、もうひとつ大切なことも教えてくださいました。
見えない器は、日々、大きくしていくことができるということ。
例えば、災害が起きたときに寄付をすること。
ボランティアに参加すること。
誰かのために、見返りを求めずに行動すること。
そういった積み重ねが、人を成長させ、同時に、その人の器を少しずつ広げていくのだそうです。
私自身、自分の器の大きさは分かりません。
でも、「このくらいの金額までなら、心が乱れずに持てそうだな」という、なんとなくの数字は思い浮かびます。
おそらく、日々お金と向き合い、将来を考えてきたからだと思います。
けれど、いざその金額が舞い込んできたとき、本当に大丈夫なのかと自分に問いかけると、100%大丈夫とは言い切れない自分も、正直います。
夢を持って宝くじを買うことが、決して悪いことだとは思いません。
でも、「当たらなければよかった」と思うほど不幸になってしまうのは、とても残念なことだな…と感じます。
いつ来ても受け止められるように、
少しずつ、自分の器を広げていく。
それが大切なのかもしれませんね。
私も資産運用をしている以上、いつ、どんなタイミングで資産が大きく膨らむかは分かりません。
今は正直、プラスもあればマイナスもあって、
トータルではマイナスです。
知識のなかった頃は、いろいろなものに手を出して、かなり痛い思いもしました(*ଳoଳ)💧
それでも、心が壊れることなく、今もこうして向き合い続けています。
だからこそ、いつか自分の想像以上のお金が入ってきたときにも、今と同じ気持ちでいられる人でありたい。
そんなふうに思っています。
…そんな私ですが、以前、職場のボランティアで清掃活動に参加したことがあります。
「ご飯付き」という言葉に釣られて、「お弁当がもらえるかも〜ヾ(〃^∇^)ノ」と、ルンルンで参加しました。
ところが、清掃活動のあとに待っていたのは、なんとバーベキュー( ⊙ ⊙)!!
しかも注文ミスがあったそうで、ワンランク上のお肉だったらしく、とても幸せな時間でした(⁎˃ᴗ˂⁎)
「バーベキューなら、そう伝えほうが参加率も上がると思いますよ」と主催者の方に伝えたところ、あくまで清掃活動がメインなので、バーベキュー目当ての参加は避けたかったとのことでした。
お弁当だと思い込み、
お弁当に釣られて参加した私の器は、
まだまだ小さいのかもしれませんね(꒪ꇴ꒪ ; )
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1月28日
それまで私は、「自分の持っている“運”以上のものが入ってきてしまい、その反動で、その後はありえないくらい不幸になるのかな」そんなふうに考えていました。
でもそれは、合っているのか、間違っているのか、答えはありません。運は目で見えないし、自分の運の幅もわかりません。だからその答えは想像の中でしかありません。
投資家さんの答えは「自分の“器”以上のお金が入ってきたから」ということでした。運が器という言葉に変わっただけなのに、自分の中にしっくりと落とし込めました。
人にはそれぞれ、器というものがあり、その大きさは、自分でははっきりとは分からない。
けれど、その器を超えた金額が一気に入ってきたとき、人はその額を扱いきれなくなる。
宝くじは、それが一番分かりやすい例なのかもしれません。
ある日突然、ありえないほどの金額が、苦労もなく舞い込んでくる。
それは宝くじに限らず、相続などで入ってくるお金も同じ。
受け止められるだけの器がないまま大金を手にすると、あっという間に使ってしまい、生活レベルだけが上がってしまって、下げることができなくなる。
お金は、使えば使うだけ減っていく。
減ってきたときに焦って、知識もないまま何かに手を出してしまう。
けれど、そんなときほど、良い情報は転がっていない。
…というよりも、日常いい話は転がっていない。
結果として、騙されたり、タイミングを誤ったりして、そこから一気に転落してしまう…。
そんな話を、静かに教えてくださいました。
言われてみれば、確かにそうだな…と思いました。
何十億円という資産を持っている方なら、仮に宝くじに何度当たったとしても、金銭感覚が狂うことはないでしょう。
きっと、これまで通り淡々と、運用と資金を回していくはずです。
器の大きさは、人それぞれ。
そして皮肉なことに、その大きさは、自分では見ることができません。
大金が舞い込んできて、
それを扱いきれなかったときに、
初めて「自分の器は、この金額以下だったんだ」と知る。
その方は、もうひとつ大切なことも教えてくださいましたが、今日も長くなったので明日に続けます。
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1月27日
今日は宝くじについて、少し書いてみようと思います✏️
社長さまは、宝くじを買ったことはありますか?
私自身、以前は夢と希望を持って購入していた時期がありました✧(✪д✪)✧
当たり前ですが、「もし1等と前後賞が当たったらどうしよう…」なんて、買う前からそんな想像をしていました₍₍ο(*⸝⸝˃ ᵕ ˂⸝⸝*)ο₎₎
いつもバラで10枚ほどしか買っていなかったので、前後賞まで当たる可能性はほぼないと分かってはいるのですが、それでもポスターに大きく書かれた最高額を見ると、つい胸が高鳴っていました✨
「買わなければチャンスはない。買えば可能性はある(๑•̀ •́)و✧.゚」
そんなふうに信じて、祈るような気持ちでした。
もちろん、買っても買っても当たらない(´・ω・`; )
いつの間にか、買うのをやめてしまいました。
宝くじの収益が、道路や公共施設の整備、地域の事業など、私たちの生活を支えるところに使われているということは知っていました。
誰か一人がすべてを得るものではなく、社会全体に還元される仕組み。
そういう部分に納得していたからこそ、購入していた面もありました。でも寄付ではないので、当選を期待しての購入でした。
ここ最近は、宝くじを買っていません。
そしておそらく、これから先も買うことはないのかな…と感じています。
それよりも、一攫千金の夢を見るより、時間はかかっても、着実に積み重ねていく形で、大きな資産を作っていきたい。
今は、そんなふうに考えるようになりました。
昔から「宝くじに当たった人は、その後、不幸になることが多い」そんな言葉を聞くことがあります。
これって、根拠があるわけでもないのに何なんだろうなぁ…と、不思議に思っていました。
その答えを持っていたのは、ある投資家の方でした。
長くなりそうなので、この続きは明日にします(⁎˃ᴗ˂)
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1月26日
今日はお仕事で、うっかりミスをしてしまいました(꒪ꇴ꒪ ; )
比較的早い段階で気づくことができたので、大きな問題にはならなかったのですが、それでもひとつミスをすると、書類の確認や修正に思った以上の時間がかかってしまいます(•﹏• ; ก)💦
「どこで間違えたんだろう?」と特定するだけでも、意外と時間が必要で…。
実は以前にも同じようなミスをしていて、そのときは「次からは気をつけよう」と、しっかり気を引き締めたつもりでした(,,•﹏•,,)
でも、月日が経つと、その気持ちも少しずつ薄れてしまって、忙しさも重なり、確認を怠ってしまったんだと思います╭( ๐_๐)╮
さすがに二度目となると、これはもう「気をつける」だけではダメだな、と感じました。
お昼からはひとり静かに、再発防止策について考えていました( ー̀ωー́ )
あまりにも真剣に考え込んでいたようで、途中で同僚に「何か難しい案件でも抱えているんですか?」と声をかけられてしまいました( ・᷄-・᷅ )
「うっかりミスの再発防止策を考えているんです」と伝えると、微笑んで去っていかれました。
夕方になる頃、「これ、試してみたらどうかな?」というアイデアが浮かんできて、そこからはせっせと“工作”を始めました✂️
以前から、「こういうものがあったら便利なのになぁ」と、なんとなく思っていたものです。
それが今回の再発防止につながるかもしれないと思い、作り始めてみました。
まだ完成はしていませんが、明日も仕事の合間に少しずつ手を加えていく予定です。
人は、どうしてもミスをしてしまう生き物。
「次から気をつけよう」という気持ちは大切だけれど、それだけでは再発防止にはならないんだな、と今回あらためて実感しました(๑•̀ •́)و
もし今回作ったものがしっくりこなければ、また別の方法を考えようと思います。
うまくいけば、周りのみんなにも「よかったら使ってみてくださいね」と声をかけてみるつもりです。
そこからアドバイスをもらえたら、もっと良いものになっていく気がしています。
今日は、お仕事で普段あまり関わることのない方が来られて、少しお話しする時間がありました。
「お引っ越し、無事に終わりましたか?」と聞いてくださったので、「おかげさまで無事に終わりました」とお伝えしました。
ただ、一部屋を丸ごと“倉庫状態”にしていることは内緒にしておきました。
その流れで、まだリビングのカーテンを買えていないこともお話ししたのですが、実はこの一ヶ月、カーテンのない生活をしてみて、意外にも不便を感じていなかったんです。
朝は電気をつけなくても明るいし、雨や雪など、お天気の様子もよく見える。
夜は、ガラスに映る室内を見て
「ここ、ちょっと散らかってるな」
「そろそろ片付けようかな」
なんて、自分を振り返るきっかけにもなっていました。
カーテンがあると、つい見て見ぬふりをしてしまう部分も、全部見えてしまうので…「これはこれで、ありなのかも?」と、思い始めていたんです。
でも、そのお話をしたら、
「いやいや…カーテンは早めに買いましょう」
と、やんわり言われてしまいました(०▵०)
やっぱり、ちょっと変わった生活なのかもしれませんね。
これはこれで好きだな、と思っていたけれど…
やっぱりカーテン、買ったほうがいいのかな。
そんなことを考えた一日でした。
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1月25日
今日は午前と、お昼を挟んだ午後に予定があり、朝は少し早めに外出しました(⁎˃ᴗ˂)
雪がとてもすごかったですね❄️
「これ、本当に出ないとダメなのかな…」と思ってしまうほど、出発するのに少し躊躇してしまいました(๑°ㅁ°๑)
予報を見ると、その時間帯だけ雪が降っていて、その後は落ち着きそうだったので、雪の様子を見ながら出発💦
橋の上は真っ白で凍っていましたが、それ以外の道は、気をつけて歩けばなんとか大丈夫そうな感じでした。
雪がまったく降らない年もあるのに、この冬は寒いですね。
今回は昼頃には溶けてくれたからよかったものの、これが数日続くとなると、朝の出勤は本当に大変だな…と感じます(๑º―º๑)
昨日お話ししたように、夏のあたたかいエネルギーを取っておけたら、ダウンにマフラー、手袋にブーツと…完全防備しなくてもよくなるのかな、なんて思ったり。
所々に積もった雪を、慎重に歩くことも、遠い未来ではしなくてよくなるのかもしれませんね。
人間が季節に合わせるのではなく、季節が人間の快適な空間に合わせてくれる。
そんな世界になったら、本当に素敵だなと思います。
でも一昔前は、家の中も隙間だらけでとても寒く、エアコンやファンヒーターもなかったんですよね。
そんな環境で、今よりもっと寒い冬を乗り越えてきたことを考えると、本当に大変だったんだろうなと思います。
そう思うと、今はお店の中やお家の中で、春のような温度で過ごせることが、本当にすごいことだなと改めて感じます。
いつかきっと外の世界も、室内のような空間になっていくのかなとそっと思っています。
そのときには、「昔の人って大変だったんだね」と思われる日が来るのかもしれませんね。
なんだかんだでバタバタした一日も、あっという間に終了。
明日からまた一週間が始まります。
祝日がほしいなぁ…と思いつつ、しばらくはフル出勤です。
もう雪が降らないことを願いながら、今夜は早めに休もうと思います🌙
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1月24日
昨日の夜、ある人との会話の中で、私がずっと思ってきたことを少しだけ言葉にしました。
この日記でも以前お伝えした…夏の暑さは冬まで取っておいて、冬の寒さは夏まで取っておけたらいいのに…ということ。
そうすることで、無理やりエネルギーを使って地球を痛めつけながら快適な空間を作るのではなく、自然をそのまま活かしながら、暑さで倒れる人も、寒さに震える人もいない世界に近づけるんじゃないかなって。
「人が思いつくことは、いつか形になる」
私は、そう信じています。
けれど、その想いに返ってきた言葉は、少しだけ現実的で、少しだけ厳しいものでした。
どこでもドアも、タイムマシンも、人が何十年も前に思いついている。でも、今も存在していない。
亡くなった人と話すことだってできない。
だから、思いついたことが必ず形になるとは限らない。
そんな言葉でした。
それ以上、私は何も言いませんでした。
考え方は人それぞれでいいと思うし、無理に分かってもらう必要もないと思ったからです。
ただ、心の奥で、少しだけ、悲しくなりました。
私が言いたかったのは、「今すぐそうなってほしい」という話ではありません。
たとえ自分が生きていなくても、遠い未来を生きる人たちが、少しでも安全で、心地よく暮らせたらいいな、ということ。
そんな未来は、ある日突然、完成するものじゃない。
たくさんの人の想像と、試行錯誤と、失敗と、努力が何十年、何百年と積み重なって、ようやく形になるものだと思うんです。
今、私たちが当たり前のように使っているものも、最初から当たり前だったわけじゃありません。
落ちたら命に関わるほど高い建物も、巨人が作ったわけではありません。
人が設計して、材料を集めて、たくさんの機械を動かして、少しずつ組み上げてきたものです。
何十階という高さを、階段ではなくエレベーターで移動できるのも、人の「こうなったらいいな」という発想と、それを形にしようとした力があったから。
スマートフォンだってそうです。
離れた場所にいる人と話せたらいいな、そんな想いから糸電話が生まれ、距離や場所の制限を超えるために通信機器が進化し、携帯電話になり、スマートフォンになりました。
今では、言葉の通じない人同士でも、翻訳機能を使って会話ができます。
これは、ひらめいてすぐに完成したものではありません。
何世代もの人の「できるかもしれない」という挑戦が、少しずつ積み重なった結果です。
実は、私が話した「夏の暑さをためて冬に使う、冬の冷たさをためて夏に使う」という考え方も、まったくの空想ではありません。
たとえば、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 やNEDO などでは、季節ごとの熱エネルギーを蓄えて、別の季節に活用する技術…いわゆる季節間蓄熱の研究が進められています。
まだ広く一般に使われる段階ではないけれど、
「できたらいいな」という誰かの想像が、ちゃんと研究として、未来につながっている。
きっと、自分が生きている間に、一年中どこでも快適な世界が完成するのは難しいかもしれません。
もちろん、期待はしていますけれど、そんな簡単な話ではないとも思っています。
それでも、想像することをやめない人がいて、挑戦する人がいて、応援する人がいる。
資金がなくても、技術がなくても、「それ、素敵だね」と思う気持ちは持てるはず。
もし、いつかそれが当たり前の世界になったとき、かつて否定していた人も、何食わぬ顔でその快適さの中にいるのかもしれません。
そう考えると少し複雑です。
私はこれからも、「こうなったらいいな」と思う気持ちを、大切にしていたいです。
今日の寒い夜も、あたたかい部屋で過ごせることに感謝しながら、この当たり前が、たくさんの人の想いの上に成り立っていることを、忘れずにいたいなと思います。
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1月23日
今日はお仕事が終わったあと、いつも一緒に働いている人たちとは少し違うメンバーも交えて、ミーティングがありました( ๑꒪⌓꒪๑)✏️
社長が不思議なことを思いついたようで、ある
テーマについて、みんなで話し合う時間を設けてほしい、という指令でした。
テーマはとてもふんわりしたもので、それぞれの思いを聞く場。
誰かの意見に対してやっていいのは「同調」だけ。
否定や批判は一切しない、というルールが最初に伝えられました(´・ω・`; )
意見として伝えれば、それは否定と受け取られる可能性があります。だから、理解できなくても、ただうなずくだけ。
正直なところ、
「これは一体どういうミーティングなんだろう…?」
と、最後まで少し戸惑いが残る時間でした。
もちろん仕事の場なので、とんでもない意見が出るわけではありません。
でも、何を言っても否定されない、うなずいてもらえるだけ、という状況が、果たして本当に意味のあることなのかな…と。
おそらく社長の心の中は「より良い会社にしたい」ということなんだと思います。「そのために社員を大切にします、社員同士も大切にし合ってください」ということなんだろうなと、私は受け止めました。
でも、より良い会社にするためには、ある程度の衝突は避けられないものだと、私は感じています。
みんなが同じ考えを持っているわけではなくて、目指すゴールは同じでも、そこへ向かう道はそれぞれ違う。
意見を出し合って、ぶつかりながら、少しずつ形を作っていくものなのではないでしょうか。
それは、今の日本にもどこか似ている気がします。
「より良い日本にしたい」
これは多くの国民も、政治家も、きっと思っていること。
でも、そこに至るまでのやり方は人それぞれで、たとえば「お金のばらまき」と言われるものも、「必要な支援」だと考える人もいます。
低所得者を守ろうとすれば、高所得者はいつも我慢を求められる。
それは本当に公平なのか…。
そんな疑問が生まれるのも自然なことだと思います。
だからこそ…
より良い会社にすることも…
より良い社会にすることも…
ある程度の衝突は伴うもの。
その衝突を避けたまま、本当に良い会社になれるのか。
そんなことを考えながら、冷たい空気の中、家路につきました(๑•﹏•๑)❄️
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1月22日
お仕事が終わったあと、知り合いとラーメンを食べに行こうと出発したのですが、途中でとんかつ屋さんを見つけてしまい、急遽予定変更(๑•̀ •́)و✧.゚ラーメン気分から一気に肉肉モードに切り替わりました⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝🥩
このお店、以前食べてとても美味しかったのですが、普段なかなか通らない場所なので、気づけばすっかりご無沙汰に(๑º―º๑)
店内は落ち着いていて、ゆったりした時間を過ごすことができました。
お腹ペコペコだったので、「ご飯と味噌汁とキャベツはおかわり自由ですよ」
と言われた瞬間、「絶対ご飯おかわりするぞ!」と心に決めていたのですが……
出てきたお肉が想像以上にしっかりボリュームがあって、ご飯のおかわりまでは辿り着けませんでした( ๑꒪⌓꒪๑)
絶対いけると思ったのになぁ。
でも、キャベツと味噌汁はしっかりおかわりして、大満足で帰りました☺️
それにしても、本当に今日は寒かったですね。
今朝はところどころ凍っている場所もあって、
先日「春が来たかも?」なんて喜んでいたのに、また冬に逆戻りです(;´༎ຶД༎ຶ`)
2月が一番寒いとよく聞きますが、これ以上寒くなったら本気で泣きます๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐
十分寒さを味わったので、そろそろ春が来てほしいなぁ…と心から思っています🌸
とはいえ、夏になると不思議とラーメンを食べたい気持ちにはならないので、この寒いうちに、しっかりラーメンも満喫しておかないとですね🍜
それから、以前もお伝えしましたが、私はパッキパキのチョコが好きなんです🍫
夏になると、とろ〜りと溶けるチョコに変わってしまうので、冬のうちにチョコも楽しんでおきたいな…なんて思っていると、もう少しだけ寒さとお付き合いするしかないのかな、なんて
半分あきらめモードになっています(๑°ㅁ°๑)
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