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6月26日
今日は「正しいこととは何か」を考えさせられる出来事がありました。
私の会社では四半期に一度、上司と社員で話し合いながら目標を設定する機会があります。
この取り組みが始まって2〜3年になりますが、目標を立てるだけではなく、途中経過や最終結果まで報告するため、かなりの時間を費やします。
しかし、きちんと取り組んでいる職場でも目に見えた成果が出ているという話はあまり聞きません(•﹏• ; ก)
そのため現場では、「本当にここまで時間をかける意味があるのだろうか」という声もあります。
実際、ボスも「正直、あまり意味を感じない」と話していました。同じ役職の方々とも、「この時間があるなら、もっと優先すべき仕事があるのではないか」という話になるそうです。
もちろん、会社が決めた取り組みなので実施すること自体は必要です。
ただ、現場では人手不足が続き、以前より一つひとつの業務に時間がかかっています。
その一方で残業時間は厳しく管理され、サービス残業も認められていません。
つまり、限られた勤務時間の中で、何を優先するかを考えながら仕事を進めなければならない状況です。
そんな中、同僚は
「目標はきちんと立てないといけない。」
と話していました。
その考え方自体は理解できます。
本当に大切な目標だと思うのであれば、目標を立て、達成を目指して努力することは当然だと思います。
ところが、その同じ話の中でその同僚は、
「でも、達成できるかは分からない。」
「そもそも、その目標に向かって努力するかどうかも分からない。」
とも話していました。
私は、その言葉に違和感を覚えました( ๑꒪⌓꒪๑)
結果として達成できないことは誰にでもあります。
でも、「努力するかどうかも分からない」という前提なのであれば、それは「目標設定や経過報告が、時間を裂いて取り組むべき重要なこと」という考え方とは結びつきにくいように感じます。
だからこそ、目標設定や途中経過・最終結果の報告に多くの時間を費やすよりも、その時間を優先度の高い業務に充てた方が、現場全体にとっては価値があるのではないかと思いました。
ボスが「この取り組みはあまり意味を感じない」と話していたのも、「目標を立てること自体が悪い」という意味ではなく、限られた時間の中で費用対効果を考えた結果なのだと思います。
会社が決めたことを実施することはもちろん大切です。
しかし、それと同じくらい、限られた時間の中で何を優先するべきかを考えることも、大切なことなんだと改めて感じました。
今日は、そんな「正しいこととは何か」を考えさせられた一日でした。
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